誰かのために書かれた携帯小説『あしたの虹』感想

はじめに

私はケータイ小説を馬鹿にする人が嫌いです。


あんなの文学じゃないとか、スイーツ(笑)だとか
勝手な価値観で罵倒する人をみると、すごくイヤな気持ちになります。


ただ、ケータイ小説を100%肯定してるワケじゃないです。


あの“ゥチらお互いわかりあってるょね”ってゆう、
共感を前提にした連帯感?の押し付けみたいなのが、あまりすきじゃないからかも知れません。


それは小説に限らないけど。

カウンセリングを受けてるみたいだった

瀬戸内さんが書かれたとニュースで知って→読んだから、先入観があるのかもだけど。


「あしたの虹」を読んでると、相手の話を聞ぃてるんじゃなくて
まるで自分ね気持ちを共感して“もらっている”感じでした。

あと、あまり女同士の確執がドロ2してなくて読みゃすかったり(笑


一人称が「あたし」だったりとか、色んなとこで老若男女問わず読みゃすいよう配慮されてる文章だと思いました。

共感だけじゃなく、気付くきっかけも与えてくれる

「あしたの虹」はメインの登場人物がけっこう多くて、
両親やおばあちゃんゃ人生の先輩まで登場します。
むしろ同年代の友達が脇役でしかない(笑)


私が携帯小説を100%肯定できない理由のひとつに
主人公の独りよがりな部分がむき出しなのが嫌ってぃうのがあって。


主人公が何か人の気持ちに気付いたりするのは、
大抵が自分にとって都合のいいことだったりするのがもにょるんですが。
(例えば恋人に捨てられた→実は不治の病に罹っていて(私)を幸せにできないからワザと冷たくしてた、とか)


「あしたの虹」は、ちゃんとひとりひとりの“あたしフィルター”を通さない、心の内を見せてくれる気がします。


そして、“その人のキモチゎこうだったんだよ”ってぃう正解を全部言わず
その人の気持ちを想像するキッカケをくれてる気がします。


少なくとも、私は小説とインタビューを読んで、
今まで(誰か)は私をわかってくれないと思ってたけど
逆に私はその人を解ろうとしたことがあっただろうか?と少しだけど思いました。


ゴメン文字数制限(-"-;